介護保険制度と事業

茶谷 滋

1.介護保険のスタート
 2000年4月、紆余曲折はあったものの、介護保険制度がスタートした。
この制度は「初物」とあってマスコミを様々に賑わしてきているが、9カ月近くたった今、 ようやく混乱も落ち着きつつあるようだ。先般の厚生省の発表によれば、 スタート直後の3月間の利用実績は月平均3000億円、施設サービスと在宅サービスの比は約2:1となっている。
このペースだと1年間では約4兆円とわが国のGDPの1割ほどの規模に達しそうだ。
介護保険制度の概要を簡単に整理してみよう。
○ 介護保険は市町村保険である(国民健康保険などと同様である)。
○ 65歳以上の人は1号被保険者として保険料が年金から天引きとなっている。 40歳以上65歳未満の人は医療保険の保険料といっしょに納入することになっている (後者については医療保険と同様である)。
○ 介護保険のサービス事業者は都道府県知事の指定を受けることになっている (保険医療機関の制度と同様である)。
○ 介護保険の給付を受けるためには要介護認定を受けなくてはならない (医療保険では医師が必要と認めればよいことになっている)。
○ 要介護認定は要支援、要介護1〜5の6段階に別れており、段階に応じて使える保険給付の上限が定められている (医療保険では青天井であり、必要なだけ利用できる)。
複雑で理解しがたいという批判も多いようだが、一般の人にとって必要な知識はこの程度で十分であろう (医療保険でも、この程度の知識しかない人がほとんどではないか)。
しかし、介護保険制度をビジネス(事業)として見た場合には、重要なポイントは次の3つとなろう。
○ 措置といいう行政処分から自由なサービス選択への転換
○ 事業者の参入の自由化
○ 社会的入院の枠組みの変更

2.サービス選択
 措置からサービス選択への転換は介護保険だけでなく、 多くの福祉サービスに適用されることとなっているが、事業としてみた場合には次のようなことが重要となる。
○ 情報の流れ
従来の措置・委託制度の下では、予算の執行権を握る市町村の担当者の知らないサ ービスは存在しないのと同義語であったし、当然のように担当者に情報が集中した。
しかし、利用者が事業者を選択するようになると、他のビジネスと同様に行政を間に 挟まないまま情報が流通するようになってくるし、情報の受け手は利用者・家族とい ったように拡散的になってくる。つまり、自社のサービスを選択してもらう前提とし て自社がサービスを実施していることを利用者に承知してもらわなくてはならないので ある。
○ 情報の内容
従来の措置・委託制度の下では、サービスの質は均質であるフィクションがあった (均質でなければ同一単価で委託費を支払う根拠がない)。
このため、情報の内容やス タイルは限定的なもので十分であった。
しかし、利用者が事業者を選択するということ の前提にあるのは、いうまでもなくサービスの内容・質も価格なども事業者ごとに異な るということである。つまり、必要となる情報の内容、スタイルが変わらざるを得ない ということになる。
* 「ホームヘルパーに庭の草取りをさせてはいけない」とか、「食事は家族の分まで作 ってはいけない」という厚生省の見直し方針に対し、「独居老人の庭が草茫茫となっ て埋もれてしまっても手をだせないのか」とか、「お米を1人分だけ別に炊くのか」 と いった反論がある。
この問題は、「保険給付としての介護サービスとは何を目的に行 われるのか」という点についてコンセンサスがないことと、これに付随して「保 険 給付として行われるサービスの範囲をどこまで事業者と利用者の協議に任せて良いの か」についてのコンセンサスがないことに起因するものである。
事業者としては、こ の点を明確に意識して情報発信を考えていかないと「選択される事業者」にはなれな い。

3.事業者参入の自由化
 措置・委託の時代は、市町村の支持がなければ事実上、事業の展開が不可能なことが多かったが、 介護保険制度になって在宅系サービスについては需給バランスとは関係がなく事業に参入できることとなった (施設サービスは需給調整がある)。
この結果、有名なK社の事業の一挙拡大と1,2ヶ月での一挙縮小というドラマテイックな展開が生まれたのである。
K社の失敗は、店舗の急速な拡大とスタッフの急増の中でサービスを実際に管理し、 質を維持していくための資源投下がないがしろにされたことはもちろんであるが、 投資家向けの情報発信戦略がそのまま前述のようなクライアント確保のための情報発信に 重なると誤信したことにも大きな原因はあろう。
いずれにしても、事業効率が悪くなりがちな在宅系サービスが、管理コストの上昇を招かないように、 かつサービスの質を落とさないように効率改善を進めるためには、 サービス内容と情報発信とを一体に考えた事業戦略の策定が不可欠であろう。

4.社会的入院
 意外に軽視されているのが、介護保険における療養型病床群型の位置付けである。
制度を複雑にしているのは、長期入院を目的に整備された病院などの療養型病床群が医療保険の適用を受けるベッドと 介護保険の適用を受けるベッドに分かれ、しかも前者の方が収入が多いと考えられていることである。
今回の介護保険においては「社会的入院をすべて医療保険から介護保険に追い出す」ことを目的としたものであったが、 途中で介護保険料を抑制するために療養型病床群の介護報酬を抑制するという軌道修正が行われた(小さな町村に おいては1つの病院の療養型病床群が医療保険から介護保険になると何百円も保険料が上がってしまうことになる。
もっともその病院が医療保険に残ればその分、国民健康保険の保険料が高くなるので町村の負担自体はあまり変わらない)。
その結果、当初の予想をはるかに下回る数しか介護保険に移行しなかったのである。
おそらく、多くの病院にとって、短期的にはこの選択は成功であったろう。
しかし、中長期的には医療保険適用の療養型病床群の診療報酬が切り込まれてくることは間違いないし、 医療保険は、クリティカルパスなどを実施して短期間でベッドを回転させる、 効率よく治療を行うサービスに特化していこうとするのであろう。
言い換えると、今後、医療保険にとって不要な病院を追放する先として介護保険制度が 整備されたことになるのではないだろうか。

5. まとめ
 紙幅の関係で舌足らずとなってしまったが、同期諸兄には、介護保険は医療や福祉の構造転換の プロセスでしかないということであり、新聞紙上を賑わしているような些末なテーマに 眼を奪われていると本質を見逃してしまう危険があることだけご理解いただければ幸いである。